「私は愛と光と忍耐です」
この言葉を唱え始めて、こう思いました。
なぜ忍耐?
奇跡のほうがよくない?
愛と光と成功でもいいのでは?
実際、「奇跡」に置き換えて唱えてみました。
でも奇跡と忍耐という言葉に、決定的な違いがあるように思うのです。
「奇跡」という言葉が含んでしまうもの
「奇跡」という言葉には美しく、力強い響きがあります。
けれど同時に、こんな前提を含んでしまうように思ったのです。
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今は足りていない
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今は不十分だ
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何かが起きないとダメだ
つまり現状否定です。
これは自分で気が付かない無意識レベルではかなり、ギュウギュウと強い圧になり緊張を生むのです。
潜在意識は「否定」に極端に弱い
潜在意識は論理を理解しません。
よく聞く言葉と思うのですが、私も同感です。
潜在意識が理解するのは前提だけです。
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「奇跡が起きますように」
→ 今は奇跡が起きていない -
「私は奇跡です」
→ 今は奇跡ではない私
どちらも
現状を否定したまま先へ行こうとします。
その結果どうなるか?
「叶えようとする力」がブレーキになる
奇跡を唱え続けるほど、
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現実をチェックする
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変化がないか監視する
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足りなさを確認する
という行為が増えます。
原因を探し始めるということ。
これはエゴの仕事です。
エゴは現状を管理し続けることで生き延びているのです。
「忍耐」が持つ、異質な力
一方で「忍耐」という言葉。
これは何かを起こそうとしません。
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今を否定しない
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変えようとしない
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抜け出そうとしない
ただここに在ることを許す言葉です。
だから潜在意識が抵抗しない。
忍耐=我慢、ではない
ここで誤解が生まれやすいのが、
忍耐というと
歯を食いしばる
耐える
苦行
そんなイメージが浮かぶことではないかと思います。
でもこの文脈での忍耐はまったく違います。
それは
状態を保つ力。
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愛の状態を
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光の状態を
判断せず
維持する力。を表しているのではないでしょうか?
なぜ「キープ」が重要なのか
一瞬の気づき
一時的な高揚
それ自体は誰にでも起きます。
でも現実が変わらない理由は戻るからです。
忍耐は戻らないための錨(いかり)。
奇跡は「起こすもの」ではない
皮肉ですが、
奇跡を望まなくなったとき
奇跡のように感じる現実が
現れ始めます。
それは
操作をやめた結果。
次に起きること
忍耐が定着すると
次に起きやすいのが、
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お金の感覚の反転
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安心と不安の入れ替わり
です。
それを扱ったのが
次の記事です。


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