愛っていったい何なの?

気づき

心の勉強を始めると 愛が全てである といった言葉に必ず突き当たると思います。

その周辺を探してみると、どうやら「あなたを愛しています」といった色恋の感情とは少し違うようにも感じられます。

では、愛っていったい何なんだろう?

と探してみて、ある程度言葉として定義できるかも?と思えたので、この記事を書いてみたいと思います。

 

愛という漢字の成り立ちについて

ネットでは愛という漢字の成り立ちについて以下のように

漢字の「愛」は、「旡(じん)(後ろを向く人の姿)」、「心(心臓の形)」、「夂(とう)(足の象形)」の3つの要素から成り立っています。これらの要素を組み合わせることで、「人がゆっくり歩きながら後ろを振り返ろうとする心情」を表しています。つまり、愛は、対象を想い、心を配り、行動を起こすことを意味します。

グーグルより引用

と書かれています。

英語でいうアイラブユーとは意味が違うように感じます。

やはり愛は恋愛をしているとき、パートナーに対する愛、などとは違うようです。

 

「奇跡のコース」における愛

「奇跡のコース」において**愛(Love)**は、単なる感情や個人的な関係性にとどまらない、存在そのものの本質であり、唯一の現実です。私たちが世間一般で考える「愛」とは大きく異なる、より広範で根源的な概念として捉えられます。

グーグルのAIより引用

1970年代に書かれたヘレンシャックマン氏による「奇跡のコース(奇跡講座)」によって、恋愛をしているとき、パートナーに対する愛、などとは違うことがよりはっきりとしてきたように感じます。

 

愛という感情はどんなもの

ここからは個人的な解釈となりますが、黒という色は全ての色が混ざり合ってできた色。と教えられていると思います。

ここで一度、2匹の魚が混ざり合ったような不思議な陰陽図を思い出してみましょう。

陰陽図はよく白と黒で表されていることが多いと思います。

陰が黒で陽が白。

よく見てみると黒の中に白い点があり、白いなかに黒い点がある。

ということは、黒は全ての色の総和であるけど、その中に白もあって、また白もすべての色の総和であると思えるのです。

なので白もすべての色が混ざり合った色の総和。

愛は白。

愛は単体の感情ではなくて、全ての感情の総和ではないか?

 

愛を感じるってどうすればいい?

この記事の冒頭でお伝えした 愛が全て であれば愛をどうやって感じればいいのか?

このことへの理解が難しかったです。

全ての感情の総和であるならば、恐れとか悲しみとか、できれば持っていたくない感情も含まれるってことになりますから。

そしてある時に気が付いたことは「これまでおびただしい数の恐れとか不安、悲しみを感じてきたのだから、感謝とか喜びとか楽しいとかを感じれば感情の総和が取れるのではないか?」と思えたのです。

人生長く生きてくれば「人生こんなもんか」とか成長よりも退化が進み、バリバリに制限をかけて狭い檻の中に自分を閉じ込めてきました。

不足感、欠乏感、物足りなさ、制限、恐れ、恐怖、闇。

こうした感情が染みついているわけですから、愛という総和を経験するには感謝とか喜びとか楽しいとかを足していけばいい。

ようするに、マイナスに傾いた心のバランスをプラスの要素を足して強くすれば愛となるのではないか?

という試みです。

 

愛を感じるのって難しいの?

ここで話をまとめてみると、これまで心に生え放題だった恐れとか悲しみとか限界とかの横に喜びとか感謝とかの感情を植えていけばいい。

これが愛を感じるということ言えるのではないか?ということ。

ネガティブな感情を追い払わなくていいの?

ほっておけば雑草のようにいくらでも生えてくるネガティブな感情に付き合ってどうなるのでしょう?

テレビのニュース。

ハレの日に天気が雨だったら「なんでこの日に雨?イヤになっちゃう」といくらでも反応できるじゃないですか?

無意識で。

人間はネガティブに偏りやすい。と聞いたことがありますが、これは外敵が多くいた大昔に刻み込まれたDNAのなせる業かもしれません。

ならば「いいよ、いいよ、そういうのもしょって立つよ。それでも私は○○(感謝のような感情を選ぶよ」というスタンスをとる方が、より人間らしいのではないかと思えるのです。

ネガティブな感情に対しては「いまそれを感じている」と観察してそっと目をそらす。

そして喜びや感謝といった感情に目を向ける。という方がより愛を感じていると思えるのです。

雨が降ったらその雲の上には青空が広がっているんだ。と思えた方がロマンティックでいいんじゃないか?

ネガティブな出来事も感情も「あ~これの陰で対局のいい気分を味わえる」ととらえ方ひとつで変わっていくのではないでしょうか?

究極の愛となると神秘家の方の解釈を待つ方が賢明ですが、この様に散々無限とも思えるほど感じてきたネガティブ感情があるのですから、あとは喜びや感謝を感じるだけ。

これが愛という感情の表現なのではないかと思えるのです。

くそ〇たれな人生だ!自分はなんてみじめなんだ!なんて無力なんだ!人生を変えることなんでできやしない!と感じることがあるとすれば、あとは対極の神を表現する5つの感情

・愛

・感謝

・喜び

・祝福

・受容

それに真理を加えた感情を感じるように訓練していくと感情の総和である、愛に行きつく(5つの感情に愛が含まれているなんて何かロジックが崩壊しているように感じますが)のではないでしょうか?

結局は

今生きていることに感謝しています。

今生かされていることに感謝しています。

という純粋な心を育てていくことが、愛へ通じる一番の道なのかもしれません。

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